
【熊本の森林考】上益城の山林が持つ、時間と空間の価値──資産、環境、地域、そして次世代への継承

- はじめに──山は「土地」だけではない
- 1.森林は「時間を所有する」資産なのかもしれない
- 2.上益城の森林を考える──都市と山の間にある地域
- 3.企業にとって森林は「社会貢献」だけではなくなっている
- ・社員の研修・ウェルビーイング
- ・地域との関係づくり
- ・環境への取組
- ・企業の歴史を残す
- 4.ESG・ネイチャーポジティブの時代に、森林を見る意味
- 5.森林由来J-クレジットという選択肢6.企業が森林を持つなら「何をするか」より「何を残すか」
- 7.上益城の森林には「地域とつながる余地」がある
- 8.「国土を守る」という言葉を、もっと身近に考える
- 9.上益城の山林を「投資」だけで見ない
- 10.「所有する」から「関わる」へ──これからの森林との付き合い方
- おわりに──上益城の森を、50年後の熊本へ
はじめに──山は「土地」だけではない
「山を買う」という言葉から、皆さんはどのようなものを想像するでしょうか。
キャンプやアウトドアを楽しむ場所。
先祖から受け継いだけれど、管理に困っている土地。
あるいは、将来的に木を伐採して木材として利用するための資産。
これまで山林は、こうした見方をされることが多かったように思います。
もちろん、森林には木材という大切な資源があります。
しかし、森林の価値はそれだけではありません。
木々が二酸化炭素を吸収すること。
雨水を蓄え、ゆっくりと流すこと。
土砂の流出を抑えること。
多様な生き物のすみかになること。
そして、人が森林に入り、自然に触れることで、心身の健康や学びにつながること。
森林には、こうしたさまざまな役割があります。
林野庁も現在、森林を木材生産だけでなく、環境、地域、健康、レクリエーションなどを含めた「多面的な価値」を持つ存在として捉えています。さらに近年は、森林空間の利用や企業による森林づくりなどを含めた「森業(もりぎょう)」という考え方も進められています。
そう考えると、山林は単なる「土地」ではありません。
時間をかけて価値が積み重なっていく、非常に特殊な空間なのです。
今回は、熊本県の中でも上益城地域に目を向けながら、森林が持つ価値について考えてみたいと思います。
1.森林は「時間を所有する」資産なのかもしれない
森林の面白さの一つは、時間そのものが価値になることです。
住宅や建物は、基本的には完成した瞬間から経年劣化が始まります。
一方、森林は適切な管理を続けることで、木々が成長していきます。
昨日植えた木と、30年育った木。
50年育った木。
さらに長い年月を重ねた森林。
同じ「土地」であっても、そこに存在する木々の時間によって、森林の姿は大きく変わります。
もちろん、森林だから必ず資産価値が上がるという単純な話ではありません。
樹種、樹齢、蓄積、地形、林道などの条件によって、木材としての価値も管理に必要な費用も大きく異なります。
だからこそ、山林を考えるときには「土地価格」だけではなく、
その森がどのような状態にあり、これからどのように育てていくのか
という視点が重要になります。
森林経営には、森林経営計画という仕組みもあります。
林野庁では、森林の持続的な経営を進めるため、森林所有者などが作成する森林経営計画制度を設けています。近年は、生物多様性を高めるための取組についても、森林経営計画の中で長期的な方針として扱えるようになっています。
つまり、これからの森林経営は、
「木を育てて、いつか伐る」
だけではありません。
森林を長期的にどう維持し、どのような価値を生み出していくのか。
そこまで考える時代になってきています。
2.上益城の森林を考える──都市と山の間にある地域
熊本県上益城郡には、御船町、嘉島町、益城町、甲佐町、山都町があります。
同じ上益城地域でも、それぞれの地形や土地利用は異なります。
都市部に近い地域から、山間部まで広がっていることも上益城の特徴の一つです。
特に山都町などでは森林と林業が地域の暮らしと深く関わっています。
一方で、上益城地域の森林を「山奥にある遠い場所」とだけ考えるのも少し違います。
熊本市に近い地域から、緑川流域などを通じて山間部へとつながっていく。
都市と森林が完全に切り離されているのではなく、
熊本の暮らしと森林が一つの地域の中でつながっている
と考えることができます。
熊本県では森林計画図や森林簿などを整備しており、現在は「熊本県森林オープンデータマップ」によって森林区域を確認できる仕組みも整えられています。上益城地域についても、県の林務担当部署が森林行政を担っています。
森林を知るには、まず「どこにあるか」だけでなく、
- どのような森林なのか
- どのような樹種なのか
- 森林計画上どのように位置付けられているのか
- 道路からどの程度アクセスできるのか
- 周辺の森林はどのように管理されているのか
などを知ることが大切です。
山林は、一筆ごとに条件が違います。
だからこそ「上益城の山林」という大きな括りだけではなく、一つひとつの森を見ることが重要なのです。
3.企業にとって森林は「社会貢献」だけではなくなっている
ここは、これからの森林を考える上で非常に重要な部分です。
企業が森林に関わる理由というと、
「CSR活動」
「地域貢献」
「植樹活動」
などを思い浮かべる方も多いでしょう。
もちろん、それらは今でも大切です。
しかし現在、企業と森林との関係は、もう少し広い意味を持つようになっています。
林野庁は、企業による森林づくりについて、カーボンニュートラルや生物多様性だけでなく、地域活性化や人的資本経営などとの関係からも取り上げています。
つまり森林は、
「会社の外にある社会貢献活動の場所」
から、
「企業の価値観や経営姿勢を表現する場所」
へと変わりつつあるのです。
例えば、
社員の研修・ウェルビーイング
森林という普段のオフィスとは異なる環境で、社員研修や自然体験を行う。
地域との関係づくり
森林整備などを通して、地域の林業関係者や住民との接点をつくる。
環境への取組
森林整備を通じて、二酸化炭素吸収や生物多様性保全などの環境価値について考える。
企業の歴史を残す
創業記念や周年事業として森林との関係をつくり、次の世代へ残していく。
こうした使い方が考えられます。
実際、林野庁には企業と国が森林を造成・育成する「法人の森林」という制度もあり、企業の社会貢献、社員や顧客との交流、森林環境教育などを森林と結びつける取組が行われています。
森林は、企業にとって「広告看板」のような派手なものではありません。
しかし、長い時間をかけて企業の姿勢を表現できる場所になり得ます。
4.ESG・ネイチャーポジティブの時代に、森林を見る意味
企業経営において、近年よく耳にするようになった言葉があります。
ESG。
そして、ネイチャーポジティブ。
さらに、自然資本に関する情報開示の考え方としてTNFDも注目されています。
森林は、こうしたテーマと非常に相性の良い存在です。
なぜなら企業活動は、直接・間接を問わず自然資本と何らかの関係を持っているからです。
林野庁が公表している「森林に関するTNFD情報開示の手引き」でも、企業経営と森林などの自然資本との関係について整理されています。森林に関する指標の例として、森林面積、生物多様性、森林経営計画、J-クレジット、水源涵養などが挙げられています。
ここで大切なのは、
「森林を持てばESGになる」
という単純な話ではないことです。
森林を所有するのであれば、適切な管理が必要です。
放置された森林を所有するだけでは、必ずしも環境価値につながるとは限りません。
だからこそ、
所有 → 管理 → 記録 → 活用 → 地域への還元
という一連の流れを考えることが重要になります。
これは企業にとって、むしろ大きな意味を持つ部分ではないでしょうか。
5.森林由来J-クレジットという選択肢
森林と企業を結びつける制度として、もう一つ知っておきたいのが「J-クレジット」です。
J-クレジット制度は、省エネルギーや再生可能エネルギーによる排出削減量、適切な森林管理によるCO₂吸収量などを国が認証する制度です。
森林を適切に管理することによって生まれる環境価値を、企業活動と結びつける可能性があります。
ただし、ここも誤解してはいけません。
山林を所有すれば、自動的にJ-クレジットが得られるわけではありません。
森林の状態や管理方法、制度上の要件などを確認する必要があります。
また、熊本県内でも森林由来J-クレジットの取組事例があります。
例えば小国町では、森林組合、自治体、企業などが関わるプロジェクトが進められています。
これは、森林を単なる木材資源としてではなく、
環境価値を持つ地域資源として捉えることができる
という一つの例です。
上益城の森林についても、将来的にこうした「森林×企業×地域」という関係を考える余地はあるでしょう。
ただし、具体的な制度利用については、森林ごとの条件確認が必要です。
6.企業が森林を持つなら「何をするか」より「何を残すか」
企業が山林に関わるとき、最初から大きな事業を考える必要はないのかもしれません。
例えば、
「社員が年に一度森を訪れる」
「地域の林業を学ぶ機会をつくる」
「植林や間伐などの森林整備に関わる」
「森林の生物多様性を記録する」
「子どもたちの森林教育に活用する」
「創業記念の森として長期的に管理する」
など。
一見すると、小さな活動に見えるかもしれません。
しかし森林は、時間が経つほどその意味が変わります。
10年後。
20年後。
30年後。
会社の社員も、経営者も、地域の人たちも変わっていく。
その中で、
「この森は、30年前に会社が関わり始めた」
と言える場所が残っている。
これは一般的なCSR活動とは少し違う価値ではないでしょうか。
企業の歴史と森林の時間が重なっていく。
それこそが、森林を活用する大きな魅力の一つだと思います。
7.上益城の森林には「地域とつながる余地」がある
森林は、所有者だけで完結するものではありません。
森林組合。
林業事業者。
行政。
地域住民。
木材関係者。
そして、その森を訪れる人たち。
多くの人との関係の中で森林は維持されています。
熊本県内には森林組合などの林業関係組織があり、森林所有者に対して森林整備や立木の伐採・販売、森林経営などに関する支援を行っています。上益城地域では、緑川森林組合など、地域の森林と関わる専門組織もあります。
山林を所有することは、
「自分だけの土地を持つ」
ということとは少し違います。
むしろ、
地域の森林という大きな循環の一部を担う
という感覚に近いのかもしれません。
だからこそ、企業が森林に関わる場合にも、地域の林業や森林管理の専門家と連携することが重要になります。
8.「国土を守る」という言葉を、もっと身近に考える
森林には、水源涵養、土砂流出防止、洪水緩和、生物多様性保全、木材生産、保健・レクリエーションなど、さまざまな機能があります。
こうした森林の機能は、普段の生活ではなかなか意識しません。
しかし、森があることによって守られているものは、決して小さくありません。
だからといって、
「山を所有すれば国土を守れる」
と単純に考えることもできません。
重要なのは、森林を適切に管理し、次の世代へつなげることです。
所有する人が変わっても森が守られる。
企業が撤退しても地域に知識や仕組みが残る。
木を伐った後には、必要に応じて再造林など次の森林につながる取組を考える。
そうした長期的な視点があって初めて、森林の価値は次世代につながっていきます。
9.上益城の山林を「投資」だけで見ない
山林には、木材という経済的価値があります。
将来的な木材資源としての可能性もあります。
森林由来J-クレジットなど、環境価値を経済活動につなげる仕組みもあります。
しかし、それだけで森林を評価すると、本当の魅力を見落としてしまいます。
森には、
経済的価値
環境的価値
社会的価値
文化的価値
そして、
時間的な価値
があります。
例えば、50年前に植えられた杉があるとします。
その木は、50年間にわたってその場所に存在してきました。
雨の日も。
台風の日も。
暑い夏も。
寒い冬も。
その森を見てきたことになります。
そこには、土地の価格だけでは表現できない時間があります。
そして、その森を次の50年へ引き継ぐことには、数字だけでは測れない意味があります。
10.「所有する」から「関わる」へ──これからの森林との付き合い方
これからの森林との関係は、「山を買うか、買わないか」という二択だけではないと思います。
森林を所有する。
森林経営を委託する。
森林整備に参加する。
企業として森林づくりを支援する。
社員研修や環境教育に活用する。
地域の林業と連携する。
J-クレジットなどの制度について研究する。
生物多様性の保全という観点から森を見る。
さまざまな関わり方があります。
林野庁が進める「森業」も、森林浴や森林サービス、企業による森林づくり、J-クレジットなど、森林の持つ多様な価値を活用する考え方です。
つまり、これからの森林は、
「木を売る場所」から「さまざまな価値を生み出す場所」へ
少しずつ広がっていくのかもしれません。
おわりに──上益城の森を、50年後の熊本へ
熊本・上益城の森林には、派手な華やかさはありません。
しかし、そこには長い時間があります。
木々が育つ時間。
水が森から川へ流れる時間。
地域の林業が続いていく時間。
そして、人から人へ森林が受け継がれていく時間。
企業にとっても、森林との関わりは単なる「CSR活動」ではなくなりつつあります。
環境への責任。
地域との関係。
社員のウェルビーイング。
生物多様性。
自然資本。
企業の歴史。
そして、次世代への責任。
こうしたものを一つの場所で考えることができるのが、森林の面白さなのではないでしょうか。
山林を所有することが、すべての人や企業にとって最善の選択というわけではありません。
森林には、境界確認、管理、道路、林道、地形、樹種、樹齢、保安林など、確認すべき事項も数多くあります。
だからこそ、山を「安い土地」「将来値上がりする土地」といった一つの物差しだけで見るのではなく、
「この森には、どんな時間と価値が積み重なっているのだろう」
という視点で眺めてみる。
それだけでも、山林の見え方は大きく変わるかもしれません。
上益城の森には、熊本の過去があります。
そして、現在があります。
その先には、まだ見えていない未来があります。
私たちが今できることは、その森を必要以上に利用することではなく、次の世代が「残してくれてありがとう」と思える形でつないでいくことなのかもしれません。
山林とは、土地を所有することだけではありません。
一つの森の「これまで」と「これから」に関わること。
そんな視点から、上益城の森林を見つめ直してみるのも面白いのではないでしょうか。